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May 29, 2005

桑の木

tent1amehitomulberry裏の川沿いに桑の木が一本だけある。今その木には赤い実がなり、鳥が実を啄ばんでいる。葉の一枚をめくると、アメリカシロヒトリHyphantria cunea (Drury, 1773)が産卵中だった。木の上の方では先に孵化した幼虫が集団営巣中。

桑の木を見ると、私は子供時代にワープしてしまう。今から半世紀ほど前になるが、実家の裏にも桑の大木があった。田舎でさしたる遊具もなかった時代のことゆえ、子供の代表的遊びは木登り、川遊び、隠れんぼや石蹴りだった。私はとりわけ木登りが好きだった。二階家よりも高い木によじ登ってあたりを見下ろすと、偉くなったような快感を覚えた。5月下旬から6月初旬桑の実が熟す頃、私は近所の友達と一緒に夕方遅くなるまで桑の木に登って遊んだ。木の枝をゆすったり、枝から枝へと飛んだり、大きな枝につかまってでんぐり返り。お腹がすくと、熟した桑の実を採ってはむしゃむしゃ食べる。夕方「ご飯ですよ」と言って母が迎えに来るまで、時間の経つのも忘れて夢中で遊んだ。桑の木は私にとって「お菓子の遊び場」だった。

ある日いつものように桑の木によじ登り、太い枝をみんなで思いきり揺すっていると、突然上から何かが落ちてきて背中に入り込んだ。その瞬間、刺すような痛みが走った。火の玉が入ったと思うほどの痛みに私は泣きながら家へ帰った。母はタオルを使って私の背中から「火の玉」を取り出してくれた。それは大きな赤い毛虫だった。背中は赤く腫れあがり、ヒリヒリした痛みが残った。けれども痛みが薄れると、懲りずに桑の木に登り、また赤い毛虫に刺された。私は毛虫が大嫌いになり、毛虫を見ると背中を刺された時のヒリヒリした感覚が蘇ってきた。図鑑に成虫写真と共に幼虫写真が掲載されているのを見ると、「なぜ醜いアヒルみたいな毛虫の写真なぞ載せるのだろう?」とおぞましく思ったものだ。

それから30年後、私は不思議なことに毛虫がしだいに好きになるようになった。さて、その毛虫の正体であるが、有力候補はあるものの、未だ特定できていない。5月下旬から6月初め、平地で見られるドクガ科幼虫で、赤い毛束や赤い斑紋を有する種には、マイマイガ、モンシロドクガ、ヒメシロモンドクガなどがいる。しかし、なにぶん就学前の子供時代のことゆえ、幼虫の形状、色彩や大きさについての記憶が曖昧だ。この時期フィールドでドクガ科幼虫の見事な毛並みを目にするたびに、「ふうーん、案外これが私を刺した毛虫だったかも?」と思うと、赤い毛虫の「原体験」が蘇えり、妙に懐かしくなる。Love-hate relationship というのは、かくなるものであろうか。

写真: 2005年5月29日名古屋市で撮影
アメリカシロヒトリHyphantria cunea (Drury, 1773)若令幼虫の集団営巣
桑の葉裏に産卵中のアメリカシロヒトリ
桑の実  


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オキナワルリチラシ営繭

okipオキナワルリチラシ幼虫の餌換えをしようと、飼育ケースの一つを開けたら、幼虫の姿が見えない。おかしいなあと思ったら、サカキの葉表に半月状の繭が出来ていた。どうやら一昨日から昨日にかけて営繭したらしい。本種は飼育下でこそ葉に造繭するが、自然状態では老熟すると食樹を離れる。ホタルガは食樹の葉に営繭することもあるが、オキナワルリチラシは食樹では営繭しない。恐らくサツマニシキのように地面の枯葉や苔、石の下などで営繭するものと思われる。

稀にフィールドで食樹の葉から本種の繭を見つけたこともあるが、これまでのところ全部寄生されていた。食樹での営繭はあくまで「非常事態」と思われる。本種は営繭してもすぐ蛹化せずに繭内で前蛹態のまま過ごし、羽化の数週間前に蛹化する。繭の上には脱糞が必ず1個付けられている。ホタルガ、シロシタホタルガ、サツマニシキ、ツシマキモンチラシ、エサキマダラなどのマダラガの繭にも、幼虫の糞が付着している。鳥の糞に似せているのだろうか?

写真:オキナワルリチラシ繭と終令幼虫(飼育下)2005年5月29日撮影

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May 26, 2005

朝起きたらニジイロクワガタが!

insect1朝起きたら、まずパソコンのスイッチを入れるのが私の習慣。今朝も顔も洗わず例のごとくパソコンの前へ。ところが、私が座るはずの椅子に先客がいる。ボーッとした目に映ったのはなんとニジイロクワガタの姿。それは今話題になっている『隔週刊スーパー・リアル・フィギュア付きビジュアル大百科 世界の昆虫データブック 1 ニジイロクワガタ』 の表紙写真だった。知らない間に連れが買っておいてくれたらしい。

実物大の本物そっくりのプラスチック模型に、カラー写真をふんだんに使った36ページあまりの図版解説が付いている。付録の方は市販されている子供向け昆虫図鑑とよく似た内容。実物大の模型の方はまあまあの出来。本物のきめ細やかな輝きやしっとりとした艶は大量生産では到底再現不可能だろうから、致し方ないだろう。特に背胸の艶が今ひとつなのが惜しい。創刊号は特価490円だが、次号のヘラクレスオオカブトからは定価の1390円になる。全号(100号)買うと、値段は恐ろしいことに・・・これだから虫屋はお金がたまらない。

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May 25, 2005

その後のウスバシロチョウ

usuba3先日オキナワルリチラシ幼虫観察の折に、ウスバシロチョウのその後の様子が知りたくて、ムラサキケマンが生える発生地へ寄った。ムラサキケマンの花期はほぼ終わっていて、種ができていた。もうウスバシロチョウの姿は無いと思い、帰りかけた時、翅をばたつかせながら地面を這うように歩くウスバシロチョウ1頭が目に入った。鱗粉がはげ、よれよれになったメス成虫だった。どうやら産卵をしているらしく、枯草につかまり尾端をくっつけ、しばらくすると別の枯草へふらふらしながら移動するといった行動を何回も繰り返していた。ウスバシロチョウは一度にたくさんの卵を産下せず、産卵する枯草や枯枝を選びながら少しづつ産付するので、産卵にはとてつもない労力を要する。メス成虫のすれた翅が何よりもそのことをよく物語っている。シャーウッド・アンダーソンの云う「醜くも美しい姿」とはこのことだろうか。
この日同じ鳳来町でも、もう少し高標高の別の産地ではまだメス成虫が飛翔する姿が見られた。

写真は産卵行動を取るウスバシロチョウ♀  5月21日愛知県鳳来町で撮影

おまけ:昆虫とは関係ないが、若い頃読んだシャーウッド・アンダーソンの短編では、"Adventure" が好きだ。

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May 24, 2005

モルフォチョウの碧い輝き 光と色の不思議に迫る

morpho阪大の木下修一さんがモルフォチョウの構造色の本『モルフォチョウの碧い輝きー光と色の不思議に迫るー』を上梓された。私はこの本をずっと待ち望んでいたので、ふだん滅多に個人的な話をしたことの無い同僚にまで、「構造色の本が出ましたよ」と声をかけてしまった。ギンギンに仕事モードの同僚は、けげん顔で「えっ、構造色って何?」。「モルフォチョウの構造色ですよ」と私。「ふうん、そんな本あるの?」。どうやら構造色って、まだまだ認知度が足りないらしい。

ところで、モルフォチョウの構造色については、日産の田畑洋さんの研究グループによる優れた研究も既にある。しかし、企業研究という制約上、特許申請前に研究内容を学会誌上で発表できず、成果は遅れて公表されるきらいがある。内外特許庁のHPから公開分をダウンロードしても、特許関連事項が多過ぎ、昆虫愛好者には読み辛いのが残念だ。

木下さんの本は大変面白い。青く輝くモルフォチョウの翅の発色機構を物理学的アプローチによって解き明かそうとしている。平易な言葉で書かれているが、内容は質が高く、読みごたえがある。既に論文、論著、講演などで知っていることばかりであるが、こうして1冊の本にまとめられると、ポイントが明確になり、理解がさらに深まるような気がする。また、木下さんが「数式まかりならん」という編集方針に迎合せず、第2章で数式を用いて構造色理解に必須の光の基礎知識をわかりやすく解説してくれたのは物理音痴の私にはかえってありがたい。こんな本が私の高校時代にあったなら、ひょっとしたら別の道を歩んでいたかもしれない。そう思わせるような美と理が融合した楽しい本だ。

【題名】モルフォチョウの碧い輝きー光と色の不思議に迫るー
【著者】木下修一
【出版】化学同人
【発行】2005.05.30
【ISBN】4-7598-0996-1
【判型】四六判・220頁
【価格】1,890円 (税込)
【目次】
序章  碧い輝きの誘惑
第1章 モルフォチョウってどんな蝶?
第2章 光と色の世界
第3章 碧い輝きの秘密
第4章 さまざまな構造色
第5章 まばゆさに包まれた暮らし
第6章 輝きの向こうに

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May 23, 2005

ワンダフル・バタフライ 不思議にみちたその世界

butterflyチョウの新刊書を読んだ。化学同人から出たばかりの本田計一・村上忠幸 『ワンダフル・バタフライー不思議にみちたその世界ー』。チョウの化学生態学と理科教育の統合を目指す新しい試みは、他に類書が無い。第1部はチョウ学基礎編。チョウの生理、行動が化学生態学の知見を駆使してわかりやすく説明してある。第2部は応用編。理科授業のためのチョウ飼育お役立ちマニュアルである。

チョウになじんだことの全く無い小学生に、モンシロチョウやアゲハチョウを実際に累代飼育することによって、自然や生物の面白さや化学の楽しさを味わってもらうーこれが本書のねらいである。チョウ飼育のマニュアルは他にもたくさんあるが、本書の特色は本田研究室のあらゆるステージの飼育ノウハウが惜しみなく明かされていることだ。チョウを長く生かすためには吸蜜用の砂糖が必要だが、砂糖水を含ませた脱脂綿はかびやすい。そこで氷砂糖をガーゼでくるんで与える秘伝は目からウロコもの。アゲハチョウ飼育に必要なミカン科植物の植木の管理、アゲハチョウが訪花しやすく長持ちする花の品種、飼育ケースに食器ケースを利用するなど親切に指南。初心者でも明日からチョウ飼育がスタートできるように工夫してある。また、本書は教える側と学ぶ側の両方の眼差しで書かれているところがユニークである。写真は小さく、美的センスの良い本とはお世辞にもいえないが、内容の方は化学生態学の現場を共に歩くような臨場感があり、大変楽しい。

【題名】ワンダフル・バタフライー不思議にみちたその世界ー
【著者】本田計一・村上忠幸
【出版】化学同人
【発行】2005.05.30
【ISBN】4-7598-0995-3
【判型】四六判・248頁
【価格】1,575円(税込)

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May 22, 2005

あっぱれ!オキナワルリチラシ

marubaoki7hide65月16日の成果に気を良くした私は、5月21日愛知県鳳来町へ転戦。オキナワルリチラシ幼虫の忍法「葉隠れの術」に挑んだ。 鳳来町へ着くやいなや、ヒサカキの葉を重ね合わせた内側に隠れる幼虫を発見した。続いてツバキの葉裏に残された食痕のすぐ側で静止している幼虫のだまし術も見破る。そこまではすこぶる快調であった。

しかし、敵もさるもの。なんとその後4時間文字通り足を棒にして歩き回っても、とうとう1頭のオキナワルリチラシ幼虫も見つけることができなかった。ヒサカキ、ツバキ、サカキには幼虫の食痕があるのに、どうしても忍びの術を破ることができなかったのである。先日は12頭見つかったのに、今日は2頭だけで、オキルリの方が上手であった。

すでにホソバシャクナゲは落花していたが、かわりにマルバウツギやエゴノキの白い花が咲き乱れ香りを放ち、ヤマボウシの白い総苞片は清楚だった。成果がほとんど無くて残念というより、オキナワルリチラシからこんな小気味の良いだまされ方をしたことに実のところ感動している。今日は誉れある敗戦に甘んじようぞ。
写真はマルバウツギの花、ツバキ葉裏のオキナワルリチラシ幼虫、ヒサカキの葉間に潜む同種幼虫
2005年5月21日 愛知県鳳来町で撮影 

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May 19, 2005

リンゴハマキクロバの幼虫

ringo1ringocase5この時期ソメイヨシノの木を見上げると、枝先の葉が袋状になっているのを見かけることがある。そんな袋状の葉を引き寄せて、吐糸で軽く封じられた葉を広げて見ると、中に淡い黄色地に黒点のある幼虫が丸まっていることがある。それがリンゴハマキクロバ Illiberis pruni Dyar, 1905 の幼虫である。本種は古くからリンゴ、ナシ、サクラの害虫として知られていて、ナシスカシクロハ(梨透黒羽)、ナシノホシケムシ(梨ノ星毛虫)などとも呼ばれる。明治時代初期、リンゴの栽培が開始された一時期、リンゴ園に深刻な被害を与えた果樹害虫のひとつであった。その後害虫防除管理の徹底化によって、放置果樹園以外での大発生はしだいに報告されなくなった。

成虫は当地では6月初めに出現、交尾、産卵し、6月下旬孵化する。幼虫は葉裏で摂食後、7月下旬から8月初旬に葉を離れ、樹皮下や根際に2-3令で集団営巣して越年する。幼虫は翌春食樹の芽吹きに合せて活動を再開する。最初は新芽に入り込み内側から摂食、亜終令、終令になると葉一枚を袋状に封じて潜む。5月中旬老熟、営繭する。
写真はリンゴハマキクロバ亜終令幼虫、終令幼虫、袋状ケース 2005年5月名古屋市で撮影

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May 17, 2005

忍び名手のオキナワルリチラシ

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オキナワルリチラシ本州亜種幼虫 Eterusia aedea sugitanii Matsumura, 1927 観察に三重県まで行って来た。オキナワルリチラシ幼虫は隠れの名手。食樹で幼虫越冬するが、厳冬期の若令での越冬中は無論のこと、越冬後もあの手、この手の巧みな隠れ方をする。若令期は食痕の上に静止したり、葉を合せてその間に潜んだり、枝にピタリと静止したりして、半透明の体を隠蔽する。亜終令ともなると、体長も20mm近くなり、めのう色の幼虫は目立つようになるので、若令期とはまた違った手の込んだ隠れ方をする。黄変した葉と緑色の葉を吐糸で封じて、その間に潜んだり、一枚の黄変した葉をボート状に合せて、その内に体をもぐりこませたりする。こうすると、琥珀色の体色は黄色の葉の色に溶け込み、幼虫の姿は見えなくなる。葉には食痕があるのに、なかなか幼虫が見つからないのは、こうした巧みな隠蔽擬態のせいである。同じマダラガでもホタルガやシロシタホタルガの隠れ方など、オキナワルリチラシ幼虫に比べたら、たかが知れている。本種幼虫探しに私は叩き網を使わない。こんな芸術的隠れ方を見破る楽しみを失いたくないからである。

写真は様々な隠れ方をするオキナワルリチラシ幼虫  2005年5月16日三重県度会郡大紀町で撮影

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May 14, 2005

ヒオドシチョウ

hiodoshi5hiodoshi4hiodoshipupa3昆虫採集を始めたばかりの頃、ヒオドシチョウは「山地性のチョウ」だと私は思いこんでいた。事実、ヒオドシチョウは低山から亜高山帯まで見られるチョウである。そのヒオドシチョウが市街地にも発生していることを自分の目で確かめたのは、比較的最近のことである。ヒオドシチョウの幼虫や蛹をわざわざ定光寺や瑞浪まで見に行った自分が今更ながら微笑ましい。ヒオドシチョウは成虫態で越冬する。3月下旬頃ヒオドシチョウは活動を再開、母蝶は早春に産卵する。ヒオドシチョウの幼虫はニレ科とヤナギ科植物各種を摂食する。

私は2002年4月1日、自宅近くのエノキの新梢に産卵するヒオドシチョウとテングチョウを目撃した。その年の5月6日、ヒオドシチョウの終令幼虫が蛹化のためにエノキを降下するのを確認した。今年は寒いせいか、遅くまで平地で終令幼虫が見られる。昨日も本種終令幼虫が食樹を離れ、蛹化場所を求め移動しているところを観察している。 ヒオドシチョウの幼虫は突起を持ち、派手な色彩しているわりに隠れ上手だ。エノキの葉を食し、自らの食痕を巧みに利用して身を隠す。頭隠して・・・・ であるが。

追記(2005年5月17日)
今日同じ場所でヒオドシチョウの蛹を撮影した。ヒオドシチョウは食樹のエノキ以外に付近の生垣やフェンスで蛹化していた。面白かったのは、マサキの枯葉のすぐ側で垂蛹になっていた例。枯葉そっくりで、うまいカモフラージュだ。

写真:エノキの葉に隠れるヒオドシチョウ終令幼虫 2005年5月14日 名古屋市で撮影
    マサキの枯葉近くのヒオドシチョウ蛹      2005年5月17日 名古屋市で撮影(追加)    

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May 12, 2005

オオミズアオをめぐる想い

artemisオオミズアオActias artemis aliena (Butler)という蛾のことを初めて知ったのは、旺文社の『野外観察図鑑 昆虫』であった。そこに掲載されていた写真を見て、この世にはこんなに美しいものがあるものかと深く感動した。20年前のことである。ぜひ実物を見てみたいと思ったが、深山幽谷に棲む蛾で到底私には手が届かないものと半ばあきらめかけていた。私は松浦寛子先生の『オオミズアオの観察』(講談社 全集日本動物誌 26巻収録)を幾度も読み返し、この美しい蛾への想いを募らせていた。

丁度その頃、私はたまたま見に行った展覧会場で、ある名画と出会った。それは江戸時代の琳派絵師として知られる鈴木其一(すずき きいつ) の掛け軸。青紫色の燕子花の上を舞うオオミズアオの姿を描いた繊細かつ雅やかな作品であった。私はしばし息を呑み、燕子花と青蛾の清艶な世界に魅了されてしまった。その作品はバーク・コレクション(Mary Griggs Burke Collection)の一つであった。このコレクションはバーク夫人の確かな審美眼によって収集されており、その趣味の良さは比類ない。オオミズアオへの憧れは、この絵との遭遇によって加速度的に揚まってしまった。

その後、私は愛知県の里山でオオミズアオのメスを採集し、幼虫飼育の夢をかなえることができた。また、近似種オナガミズアオActias gnoma gnoma (Butler)の幼虫や成虫も採集でき、両種の卵や幼虫の違いについて実際に観察することもできた。採集経験が増えるにつれ、灯火に飛来するオオミズアオやオナガミズアオは翅をばたつかせる度に鱗粉が舞い、結構うとましい大型種であることもわかってきた。

今年久々にバーク・コレクションが里帰りするとのことで、再度鈴木其一の燕子花とオオミズアオの絵を見たいと期待を寄せていたが、残念ながら今回その作品ははずされていた。当時はオオミズアオだと思いこんでいたが、ひょっとしたらオナガミズアオだったのかもしれないとも。燕子花は湿地に咲くから、近くにオナガミズアオの食餌植物であるハンノキがあっても不思議では無い。だとすれば、オナガミズアオという可能性も十分あるではないか。私の妄想は勝手に膨らむばかりである。
    ぬぎすてし衣にとび来し青蛾かな   橋本 多佳子
写真は5月2日愛知県鳳来町で撮影したオオミズアオ♂成虫

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木曽路(2)

ontake3田の原自然公園からの御嶽山の姿を存分に楽しんだ後、林道脇に雪が残る御岳林道のカーブをゆっくり下る。中腹まで来ると、日当たりの良い車寄せスポットがあったので、小休止する。ここからも御嶽山がよく見えた(写真上)。ダイミョウセセリ、ヤマトシジミ、コツバメが飛んでいたが、動きが早くて撮影できない。ウグイスがすぐ近くで鳴き、タカネザクラ(ミネザクラ)の蕾が膨らみ、まさに早春の気配である。タカネザクラは花が小さく繊細で、色も淡く、葉先が細長く尖り、私の好きなサクラである。一枝を持ち帰ったところ、蕾や葉の間に蛾の幼虫3種(シャクガ科2種、メイガ科1種)が入っていた。とりわけ面白いのは、タカネザクラの花を摂食するシャクガ科幼虫である(写真中)。花の中に潜み、体色もタカネザクラの花弁そっくりである。種名は不明である。

takane再び19号線へ戻ると、妻籠から国道265号線を通り、大平街道(おおだいらかいどう)へ入る。姥神峠と権兵衛街道が不通になっている現在、大平街道は木曽谷と伊那谷を結ぶ唯一の一般道路である。清内路街道(国道256号)も伊那谷へ出られるが、阿智村へ出るので、飯田へ行くには遠回りである。さて、途中大平峠(木曽峠)で休憩する。標高1,358m。数年前キベリタテハ観察のために来た時には、木曽見茶屋が開店していたので、ここで五平餅を食べたが、この日(5月7日)着いた時間が午後4時を過ぎていたこともあって、茶屋は閉まっていた。峠には歌碑が立てられていて、斉藤茂吉の短歌一首「麓にはあららぎといふ村ありて吾にかなしき名をぞとどむる」が刻まれていた。南木曽町の蘭(あららぎ)という地名と短歌雑誌「アララギ」とを掛けたのであろう。アララギとはイチイのことである。歌碑の横の由来書には次のように記されていた。

「近代短歌の最高峰といわれる斎藤茂吉先生が 木曽福島 王滝の旅を終えて 三留野 山田屋旅館に一泊し飯田におけるアララギ歌会に出席するため 秋深まるこの峠を越えたのは 昭和十一年十月十八日でした このとき紅葉する大自然の壮大な美に衝たれてつくった十七首の歌が「大平峠」と題して歌集「暁紅」に収められています

 大平の峠に立てば天遠く穂高のすそに雲しづまりぬ
 目のまへを聳ゆる山に紅のかたまりいくつ清けくなりつ
 ここにして黄にとほりたるもみち斑の檜山を見れば言絶えにけり

碑の歌もその中の一首で この地に立ってあららぎの里を望み その地名に茂吉が編集発行者として精魂を傾けた歌誌「アララギ」の名を重ねた深い思いが詠われています」 と。

oodaira斉藤茂吉とその一行は、妻籠から飯田まで歩いて峠越えをしたのであろうか?もし、そうだとしたら、大変な忍耐と健脚である。車で大平街道を飯田まで下るのでさえ、楽ではない。延々と続く単調なヘアピンを2時間近くドライブし、今は無人になっている旧大平宿で小休止し(摺古木山でベニヒケゲ観察をする時にはここから登る)、松川湖が近づくと安堵し、南アルプスの山々が見え始めると、木曽谷から伊那谷へようやく出たという開放感で一気に気分が明るくなるほどだから。

飯田の市街地から市外の中央道飯田インターへ入る道筋は複雑で、いつも道に迷っているうちに地元の味処に行き着くので、市内をぐるぐる廻り、目に着いた粋な店で夕食を取る算段だった。ところがこの日に限って、勘が冴え渡り、標識一つ無い地元の細い道を一度も道を間違えることも無く、飯田インターに入ってしまった。中央道から見える恵那山の谷筋にはところどころ雪が残っていた。飯田で店に寄り損ねたので、やむなく恵那SAでファミレス風の定食を取る羽目に。家人からは、ナビゲーションの「想定外の正確さ」を逆にとがめられる始末であった。
夕闇の中央道を家路へと向かい、2日間の木曽路の旅もおひらきである。

【味どころ&土産メモ】

私は虫屋なので、いつもは食事処や土産、観光スポットには目もくれず、ひたすら虫を求めて昼夜問わず走る。しかし、今回は家族観光旅行だったので、「道の駅」にも立ち寄り、店にも入った。長野県木曽郡上松町寝覚ノ床入り口前(国道19号線沿い)には、創業1624年の蕎麦屋「越前屋」がある。喜多川歌麿や十返舎一九も立ち寄ったことがあるという老舗で、以前は木曽路へ行くとき必ずここで蕎麦を食べた。今回久しぶりに越前屋に寄ってみた。厨房の様子を伺うと、一瞬不安がよぎった。以前あった緊張感というか、活気が無いのである。案の定、名物「寿命そば」は悪く無いが、わざわざ車を止めて食べるほどの味ではなかった。蕎麦の打ち加減と汁とのバランスが今ひとつ。いつの間にか味が変わってしまっていた。

木曽路の土産屋に必ず置いてあるのは蕎麦だが、生蕎麦と一緒に乾麺「元祖乱れづくり 木曽路御岳そば」が並んでいる。乾麺にしては出来が良いので、私はいつもこれを茹でている。開田村の霧しな製造(一袋220g入り)の品だが、店によって値段はまちまち。一番安い店で210円、高い店で260円。定価は250円だが、全く同じ製品で賞味期限も長いものが近所のスーパーではいつも158円で売られている。わざわざ交通費を使って高いものを買わされてはかなわない。そう思ったら、とうとう土産屋では何も買えずに帰ってきてしまったのである。

写真 (上) 御岳林道中腹より望む御嶽山
    (中) 御岳林道で採集したシャクガ科幼虫
    (下) 大平峠より見下ろす木曽谷

追記:2005年6月9日

akahara2御岳林道で採集したシャクガ科幼虫はその後無事蛹化、2005年5月31日にアカハラウスアオナミシャクが羽化した(みんなで作る日本産蛾類図鑑掲示板 蛾LOVEさん同定)。

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May 09, 2005

木曽路(1)

5月の6-7日、木曽路めぐりをして来た。ドライブコースは、中津川→開田高原→木曽駒高原(1泊)→木曽御嶽山(田の原自然公園)→妻籠→大平峠→飯田峠→飯田。さぞや良い昆虫採集が出来たことと思うかもしれないが、今回は家庭サービス観光旅行に徹し、採集らしいことは皆無。

book6日は朝から曇りのち小雨で、開田高原は観光客も少なく閑散としていた。開田村郷土資料館へ寄ると、19年前にここで買ったことのある『長野県木曽谷 開田高原の蝶』(蛭川憲男, 1978)が1000円でまだ並べてあった。当時開田村に赴任していた蛭川氏が野外調査を基に執筆した本。開田高原に生息する蝶116種(うち9種は文献記録)の産地、出現期、個体変異、越冬態などが記されている。開田高原のみならず木曽谷全体の知見も盛り込まれ、優れた蝶の生態研究書である。

郷土資料館で水芭蕉の開花状況を聞いたところ、「出てますよ」とのこと。末川から西野の水芭蕉群生地へ。出ているには違いなかったが、ほんの咲きはじめで、広い湿地にぽつんぽつん。雨の開田高原は新緑のシラカバ林の間にコブシの白い花が混じり、大変風情があった。開田高原はかなり観光地されたとはいえ、まだまだ自然が残されていると感じた。


nishinoこの日は木曽駒高原の木曽駒高原ホテルで一泊した。ゴルフ客向けのホテルだが、立地条件が良く、晴れた日は遠く御嶽山も見えるという。シーズンにはホテル周辺でも昆虫採集が楽しめる。ただし、この夜はどしゃぶりで、さすがに蛾の飛来は少なかった。ノヒラトビモンシャチホコのメスを採集したぐらい。

7日の朝はまだ雨が降っていたが、午前10時ごろから雨が上がってきたので、まず木曽駒ケ岳登山口の方へ。あいにく山頂は霧で覆われ、見えなかった。木曽福島を離れ、元橋から三岳村に入る。このあたりは蝶がたくさん飛んでおり、ツマキチョウ、スジグロシロチョウの姿も目立った。三岳村は木曽福島町と同様にチョウ・ガが多く、ゼフィルスやキマダラルリツバメなども生息している。今回の旅行は採集目的で無いので、どこへも寄らず、王滝村へ入り、一路田の原自然公園へ向かった。御岳スキー場付近からは残雪がところどころ見られ、7合目の田の原では、かなり雪があった。触ると、雪合戦ができるような柔らかさだった。田の原湿原への道は雪の山で下りることができなかった。おりしも霧が晴れ、見事な御嶽山が眼前に広がった。客は我々一行だけ。御嶽山の貸切だ。
植物は針葉樹(シラビソ、ハイマツ、コメツガ)とクマザサだけ。山の左側は噴火跡がひどく、空中種子散布にもかかわらず、植物がほとんど生えていない。Mt

写真(上)『開田高原の蝶』表紙
   (中)開田村西野の水芭蕉
   (下)王滝村田の原観光センターから撮影した木曽御嶽山
   

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May 04, 2005

トビネシャチホコ蛹化する

tobinepupa
4月27日に砂中へ潜り、前蛹態であったトビネシャチホコがついに蛹化した。今夜繭を破り中を調べると、蛹がコロンと出てきた。トビネシャチホコはどうやら蛹越冬らしい。夜間で鮮明な写真が撮影できなかったが、無いよりましなので、蛹写真をアップする。Yohboさん、gaistさん、なんとか蛹までこぎつけましたよ。応援ありがとうございます。

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May 03, 2005

シャクナゲとウスバシロチョウ

usubashiroチョウにはそれぞれ出現のピークがある。ゴールデンウィークに発生ピークを迎えるチョウには、無論ギフチョウやヒメギフチョウも含まれるが、交通渋滞の中をかなり遠出をしないと得られない。また、有名産地ともなると、当然朝早くから全国の熱心な採集者が狭いポントに多数集まり、ゆっくりと生態観察もできない。ところが、ウスバシロチョウ目当てに採集者が多数集まるなどということはついぞ聞いたことがない。ウスバシロチョウは淡い黄白色地に粋な黒い模様のある大変おしゃれなチョウだ。遠くから見ると、スジグロシロチョウに似ているが、飛び方が優雅なので、すぐわかる。ゆっくり飛ぶので、幼稚園児でも採れるチョウとも言われる。この時期に岐阜県の伊自良村などへ行くと、到るところ飛んでいるのはウスバシロチョウばかりで、採集する気も起こらないほどである。食草はムラサキケマンで農道横などに生えている草である。なぜかウスバシロチョウは葱坊主に止まっていることが多く、ネギ畑を探すと、ウスバシロチョウが見つかるほどである。

私がオキナワルリチラシの観察に行く愛知県鳳来町にはウスバシロチョウが岐阜県ほど多くは無いが生息しており、ゴールデンウィークに行くと会える。昨日鳳来町へ行ったところ、ツツジやホソバシャクナゲの花の間をウスバシロチョウがゆったりと飛んでいた。写真を撮りたいと待っていたが、止まってくれずに根負けしかけた頃、ようやくホソバシャクナゲの花に1頭止まってくれた。嬉しくて胸をドキドキさせながらデジカメを向けたが、あまりに深く花の奥まで潜って吸蜜するので、最初は翅の半分しか撮影できなかった。接写するために近づくと、警戒して花から離れようとするので、これまたうまく撮影できない。そうこうするうちに飛び去ってしまった。ところが、驚いたことに、すぐ近くの花にもう1頭、ウスバシロチョウが吸蜜に来ていたのだ。コツを学習したところだったので、2頭目は冷静に撮影できた。
2005年5月2日午後3時半 愛知県鳳来町で撮影

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