タケウチエダシャクの幼虫
タケウチエダシャクは4月に出現するシャクガだが、全国的にも産地が限定されている珍しい種だ。幼生期は長らく未知であったが、1993年にようやく中山紘一、竹束正両氏によって解明された(げんせい 63/64:31-35)。飼育下の幼虫の食草はヤマモモであった。終令幼虫は体長75mmにも達し、一見トビモンオオエダシャクに似るが、頭頂部の1対の角状突起の切れ込みがタケウチエダシャクよりも長い。幼虫屋なら、一度は我が手で飼育したくなるような姿である。
この4月のことだが、飯田市のSさんからメールを頂いた。「タケウチエダシャクの卵があるけど、飼育してみませんか?」と。願っても無いチャンスと喜び、私は浮かれ気分で即承諾メールを返信した。しかし、その後すぐに私はひとつ重要なことを失念していたことに気づき、自分の軽率さを後悔したのである。蛾類の幼虫期間は、幼虫越冬をするものを除けば通常1-2ヶ月だ。ところが、タケウチエダシャクの幼虫期間はなんと5ヶ月余もあるのだ。しかも、タケウチエダシャクの幼虫は湿度管理や給餌がむつかしい。私は泣きたい思いであった。
ほどなくタケウチエダシャクの黄緑色の卵が送られて来た。数百卵はあったかと思う。私は孵化した幼虫に様々な植物を与えて大胆な食草実験を行なった。幼虫の喰いつきは異常なほど悪く、大半の幼虫が1令の段階で斃死してしまった。いくらなんでもおかしい、と思っていたら、問題は飼育容器の方にあった。一年間マダラガ幼虫を飼育して、青酸配糖体が充満した容器を間違えて使用してしまったのだ。孵化幼虫がバタバタ死ぬはずである。
生き残ったのは数頭だけ。早速、Sさんには正直に報告して、自分の不注意をお詫びした。賢明なSさんは、他にも飼育の達人達に卵を託しておられた。きっと、その方々が無事飼育羽化にこぎつけてくれることだろう。これでタケウチエダシャク幼虫の飼育から解放されると思うと、内心安堵の気持ちが強かった。ところが、親切なSさんは、御自分がクヌギで飼育していた幼虫をクール宅急便で恵送して下さったのである。
結局、数を減らしたタケウチエダシャクの幼虫は既知の食草であるヤマモモで飼育するという無様な羽目に。ヤマモモの分布や、幼虫の食いつき方が良くないことから見ても、少なくとも長野県や愛知県の個体群の自然状態の食草がヤマモモである可能性は低いと思うが、2ヶ月近く幼虫飼育して、ヤマモモが飼育に適した食草であることを感じた。葉の持ちが良く、頻繁に食草を取り替える必要が無いからである。ただし、幼虫は湿度に弱いので、飼育容器の蓋を朝な夕なと開けて、容器の底に敷いたキッチンペーパーを小まめに代える必要がある。
この先、どのくらい幼虫が生きるのかわからないので、この辺で4令幼虫の写真を公開し、Sさんの御厚意に深謝したい。
写真:Biston takeuchii Matsumura, 1931 タケウチエダシャク4令幼虫(体長約45mm)
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Comments
成功の陰に実はこうした苦労の積み重ねがあるんですね。ところで、近くの図書館の庭にヤマモモの木が2本植わっていますが、今頃の時期であればタケウチエダシャクの幼虫が見つかるかも知れないということでしょうか?
Posted by: スズメ | June 24, 2007 at 10:42 PM
スズメさん、こんばんは。
タケウチエダシャクは産地が極めて局所的な蛾ですから、ヤマモモがあれば幼虫がすぐ見つかるというものでも無いと思います。ヤマモモが植栽されている周囲の環境が問題です。タケウチエダシャクは、ほどよく人の手が入り、バランスよく自然状態が保持されている里山風の環境に生息するようですね。こうした場所はどの県でも少なく、高知県では絶滅危惧種に指定されています。私の住む愛知県でも確か既産地は2か所だけだったはずです。
Posted by: Phasmid | June 24, 2007 at 11:17 PM
Phasmidさん、ご教示ありがとうございます。やはりそうですよね。短絡的過ぎました。それにしてもアップいただいているタケウチエダシャクの幼虫はいかにもヤマモモの幹や枝から突き出した小枝そっくりで、ちょっとほほえましく見えたりします。こういうのを見つけたら感激でしょうね!
Posted by: スズメ | June 25, 2007 at 04:12 PM
はじめまして、タケウチエダシャクの記事読ませていただきました。
自分も06年に♀個体を採集し、採卵をさせたのですが、食草がわからず様々な植物を与えたのですが、どれにも食いつかず、初令幼虫の時点で大半が死んでしまいました。もうだめかと絶望していたところ、プルプレア(ベニガシワ)に落ち着いたのですが、食いつきが悪く、ナラガシワに転換したら食いつきが良くなりました。でも、4齢幼虫でみんな死んでしまいました。
このとき、僕の持っている図鑑には♀は未採集と記載されていたので、ずいぶんはしゃいでたのですが、もうすでに食草が解明されているなんて知りませんでした。ヤマモモも食草実験に入れておけばと後悔してます。
虫飼育がとても難しいと感じていたのですが、まさか5ヶ月も幼虫期間があるとは驚きです。
Posted by: 俺人虫 | July 05, 2007 at 11:46 AM
偉人虫さん、コメントありがとうございます。ナラガシワも自然状態の食草である可能性は高いと思います。Sさんはクヌギで飼育しておられます。先日、長野県の蝶屋のTさんにタケウチエダシャクのことを話したところ、Tさんも数年前にSさんから頼まれて幼虫飼育を手がけたことがあるとか。ヤナギを与えたところ、よく摂食したが、中令で全部死んでしまったそうです。要は、夏場の幼虫管理が問題。現在、幼虫は食が細くなっています。恐らく7-8月は中令のまま脱皮もせず、少し涼しくなった9月頃から、再びもりもり食べて9月末に老熟、蛹化に至るというパターンではないか、と推測しています。
Posted by: Phasmid | July 06, 2007 at 06:43 AM